※FGO2部終章のネタバレありますのでご注意ください
よろしければどうぞ↓↓↓
みんな〜 終章おつかれさまでした!
これまでの旅は、楽しかったですか?
わたしはねぇ…すげー楽しかったよ…。
だからまずは、FGOの制作に携わった全ての人にありがとうと言いたい。
かつて庵野秀明氏は妻である庵野モヨコ氏の作品について、"嫁さんのマンガは、マンガを読んで現実に還る時に、読者の中にエネルギーが残るようなマンガなんですね。読んでくれた人が内側にこもるんじゃなくて、外側に出て行動したくなる、そういった力が湧いて来るマンガなんですよ。"と語っていた。FGOもそんな作品だったと思う。
制作陣の姿が、主人公とマシュを支えるカルデアスタッフたちの姿に重なる。プレイヤーに生きる力をくれる、愛と希望の物語をほんとうにありがとう。
結末は大方予想どおりではあるんだけど、あの結論に至るまでの詰め方の圧が凄まじいというか、これが10年の重み…というか。
物語の始まりから終わりまで「大切なもののため/未来のため/自分のために、いま自分にやれること/やるべきことを真っ直ぐにやり抜く」という一貫した姿勢を見続けてきたわけで。この積み重ねがあったからこそ、これまで主人公に関わってきた人たちや英霊たちの生き様を裏切れねぇなこれは。と熱く思わせてくれる展開だったなと。
だから「ここで諦める先輩は、もっとイヤです……!」が終章で一番ガツンときたシーンでした。今までの旅路が走馬灯のように頭に流れて、「だよな!!!!!」って。
も〜〜〜ここの泣き顔スチルの破壊力すごすぎぃ…ガキみてーにグシャグシャ泣きやがってこの…この…可愛いなすびちゃんめ…!!!後輩にこんな顔されたら、先輩として情けないところは見せられないってもんですよ。
マシュといえば…わたしマシュのこととっても好きだったみたい。終章まできてやっと気づいた。ずっと隣にいるのが当たり前だったから気づかなかったのかも。
終章直前のCMでマシュが泣いてるシーンが気になりすぎて落ち着かなかった。これまでの旅路が全部消えるって知って真っ先にマシュの顔が浮かんだ。ラストバトルの編成は無意識にマシュを一番最初に選んでた。最後に手を繋いだとき胸がいっぱいになって涙が止まらなかった。
頼れる仲間として、可愛い後輩として普通に好きではあったけどいつの間にか自分の中で大きな存在になっていたらしい。自分で自分の気持ちに気づかないなんてことは基本的にないので、その自覚がなかったことにかなり驚いている。ここにも長く続いた物語の重みを感じましたね~。
そして愛するファーストサーヴァントであるマシュと出撃したラストバトル。流れ的に「これコンテしたら萎えるやつじゃん…」と思いマシュ・キャストリア・マーリン・アスクレピオス先生でガチガチに固めたパーティを組んだ…かなり置きに行った編成になっちゃった…笑
アタッカーは宝具マ120の、テスカトリポカと為朝さん。前半は我が神とマシュの宝具連打、後半は為朝さんで宝具とクリ殴りしながらそのままクリア。ラスボスにトドメさす為朝さんカッコ良すぎて惚れなおした。50分くらいかかったかな?45ターンでフィニッシュでした。
いや〜、素晴らしい演出でしたよね。なりふり構わなくなってバカみたいなバフかけまくるマリスちゃんに対して、今まで出会ってきた人たちが駆けつけてアツい援護してくれるの。
ターン数によっては見られないキャラもいたそうで。ベリル来ないのかよお前ぇと思ってたら、出てきたマスターもいるらしい。あとオベロンの台詞差分とか。一回しか遊べないバトルでこういうことしてくるの、正直好き。これが各々の「ゲーム体験」というやつだと思うから。
難易度もラストバトルの盛り上がりを損なわず、かといって簡単すぎない絶妙な調整で感動しました。しかしこれ、パーフェクトマリスちゃんの実力というより、逃げるマリスちゃんを「待てコラァ‼︎」って殴ってるシチュなんだよなぁ。作中でも言及されてたけど、「単なるシステム」から逸脱した存在になったせいで、カルデアを完封するには判断が遅かったんだよね。ベラベラおしゃべりしちゃって、中身が発生しまくりですやんあなた…やっぱ中身があるとダメだなぁ?な?マリスビリー。 いや違うな、中身がカラッポのまま中身が強い存在を模倣しようとしたのが敗北の要因か。強キャラだけ並べて厨パ作っても、シナジー理解して運用してるPS高いパーティには敵わないアレと似てる。でもマリスちゃんの自我の目覚めみたいなのが、ちょっと嬉しい。バトーさんの"セルロイドの人形にだって 魂が入る事あるんだぜ"って言葉が好きだから。個人的には、「内側と外側は不可分であり、どちらが先行したとしてもいずれ一致するようにできている」と思ってる。
マリスビリー、というか人類救済系ラスボスって尽く「うるせ〜〜〜!知らね〜〜〜!!!余計なお世話!!!!!」なことばっかりしてくるのマジでなんなの?笑 " こんな重荷降ろして楽になりたい、と他人が声を大にして言っているものでない限り、他人のものに手を出さないこと。"って言葉、ご存じない?
本人の思想については、なんかべつに…「ふ〜ん?」という感想。こういう人、世の中にたくさんいるよね?「それっぽきゃいいんだよ」って感覚の人。
某漫画の台詞を引用すると、"『すごいこと』より『すごい空気』が幅を効かせ 『楽しい』より『楽しそう』がブイブイ言わせる 天才よりも天才のフリがうまい奴が評価される世の中だ 時代が求めているんだよ合成着色料を。"というやつ。
ガワから中身を推察するという点も、こと「人間」についてならば、多くの人が無意識に身につけてるし。眉間の皺が濃ければ「普段から険しい顔をしがちな人なんだろうな」と分かる。パッと見の印象や会話するときの目つき・口角の上がり方・仕草などから性格や思考を読み取るということは日常的に行っていることである。
カルデアス製造も「アニムスフィアにとっての人理」を保証するという一点における、極めて合理的な方法論としてはイケてるとは思う。
が、これらは全て中身あってこそ。中身からガワに滲み出る要素を感じ取って初めて成り立つことでしょう。「内側によって形作られるのが外側(その逆もしかり)」、内側なき外側は軽く脆くすぐ崩壊するものです。逆に、堅牢な「中身」を持つものは、外側が壊れようとも存在を保ち続けることができる。ひとりカルデアスの中で戦っていたオルガマリーの魂のように。
オルガマリーが受けた実験の描写、かなり胸糞が悪くなりました。描写そのものがショッキングだったわけじゃなくて。「オルガマリーが100年もの長きに渡り苦痛を与えられ続けたこと」に「気づいて辛くなった自分に胸糞が悪くなった」のです。
どういうことかというと、例えば……あの実験を受けたのがオルガマリーではなく、まったく関係のない本当の宇宙人だったとしましょう。実際、検体Eの実験記録を読んでいた当時は、そのように解釈していました。まったく惨いことをするなぁ…でもまぁ、人間はこういうことするよな…と。残酷だと思いつつもそれをどこか受け入れていた。
だというのに、オルガマリーだと正体が判明した後の同じ実験描写にはこんなにも心が痛くなる。宇宙人が悲鳴を上げて助けを求めていたとして、わたしは同じように心を痛めただろうか?やはり「可哀想な他人」でしかないだろう。
我々の暮らしを豊かにする科学や医療の発展は、見えない屍の山の上に成り立っている。そういう現実を思い知らされたような気分になって、たいへんヘコみました。
「自分たちが生きるために犠牲になる命に感謝を」って、大切なことだし忘れてはいけないことだというのは大前提として、やっぱ綺麗事ではあるよね。だって、「後で感謝も慰霊もします。だから、人類の発展のために今からあなたを切り刻んでいいですよね?」って聞かれて、いいよって即答できるやつそうそういねーでしょ。。。
そんな検体E、珍しく考えをまとめた記事を書いたっけ。あのあたりはだいたい種明かしがされましたね。デイビットくんのところ「ええぇぇぇ!?」って声出ました。あ、デイビットくんについても語りたいことが山のようにある。長くなりすぎるからおいおいね。
終章は「あれそういうことだったの!?」とか「いま思い返せば、確かに…!!」とか「なるほど〜〜〜!!??」とか情報がいきなりドバドバすぎてジェットコースターに乗ったままEDまでブッ飛ばされた感覚でした。なのでクリア直後はその勢いと興奮と感動で胸がいっぱいだった…のですが…。
あの…数日経って少し落ち着いた今……「なんかこれおかしくない?」「あの台詞回収されてないよね?」「この謎放置されたままじゃない?」みたいなのがポロポロ出てきてるんですよね。詳しくは色んな方がまとめてくれてると思うのでそっちを参考にしていただきたいのですが…。
「盛り上がり重視でそういう描き方にしたのかな」という部分、「勝手にユーザーが謎だと思ってただけで謎じゃなかった」ような部分はあるけど、どうしてもそれじゃ済まされないような演出や台詞じゃないかこれは?と思うところがあります。こう…見逃してはいけない重要なところを…煙に巻かれて終わったような…。。。
わたしたちが辿り着いたのって、本当にトゥルーエンドなんですかね?
おわり。

















